フィリピン:イスラム過激派集団アブサヤフの活動が活発化
2016年05月06日
フィリピン南部ミンダナオ島のダバオ市沖合にあるサマル島のリゾート施設で、2015年9月21日、4人(カナダ人観光客2人とノルウェー人の施設支配人、フィリピン人女性各1人)がアブサヤフ(Abu Sayyaf Group, ASG)に誘拐され、2016年4月25日夜、連れ去られた4人のうちの1人(カナダ人男性)の遺体の一部が同国南部スールー諸島のホロ島で発見された。アブサヤフは昨年11月、人質を映したビデオを流して身代金を要求し、最近は、2016年4月25日迄に1人当たり3億ペソ(約7億円)を支払わなければ、人質を殺害すると脅迫していた。
近年、アブサヤフの活動が活発になっている。アブサヤフは、1991年にイスラム過激派のモロ民族解放戦線(MNLF)から分派して、アブドラガク・ジャンジャラーニ(Abduragak Janjalani)によって、(アルカイダの資金協力を得て)設立された。設立当初は、ミンダナオ島でフィリピン警察・軍とのゲリラ戦を行う一方、マレーシアやインドネシアでも活動を展開した。しかし、ジャンジャラーニが1998年に警察との銃撃戦で死亡し、精神的指導者がいなくなってからは、アブサヤフは「イスラム国家の建国」より強盗や身代金目的の誘拐等を繰り返す集団に徐々に変わった。往時は4000人いた構成員も、(米軍の支援を得た)政府軍の掃討作戦で2000年頃には100人以下にまで減ったとされる。しかし、誘拐等によって得た潤沢な資金で組織は生き残り、2014年6月、イラク・シリアにおいてイスラム国(IS)の樹立が宣言されると、同年7月、アブサヤフは、インターネット上のビデオでISへの忠誠を表明し、再び活動を活発化させている。
最近のアブサヤフ関連事例として、以下が上げられる。2014年9月、アブサヤフはドイツ政府がシリア・イラクにおける米国の行動に協力しないこと及び身代金支払いを拒めば、(同年4月に拉致した)ドイツ人2名を殺害すると脅迫(同年10月18日、2人は解放された)。2016年3月26日、インドネシアの石炭運搬船がフィリピン領海内でアブサヤフに襲われ、インドネシア人船員10人が誘拐された(5月1日、全員解放)。また、4月1日にはマレーシア・サバ州東部沖で、マレーシア船籍のタグボートが、アブサヤフに襲われ、マレーシア人船員4人が誘拐。同海域では、4月15日にもインドネシア船が襲われてインドネシア人船員4人が誘拐されている。4月9日には南部スールー諸島のバシラン島で、巡回中のフィリピン軍部隊がアブサヤフに襲撃され兵士18人死亡。アブサヤフ戦闘員も5人死亡したが、死者に爆弾製造に通じたモロッコ人が含まれていたことから、ISとの関係が取り沙汰されている。更に、フィリピンのアキノ大統領は、4月27日、声明の中で、アブサヤフが政府軍に拘束されている仲間の解放を要求するため、フィリピンの英雄として有名な元プロボクサーのマニー・パッキャオ氏の誘拐計画を立てていたことを明らかにした。
カナダのトルドー首相は、4月25日、記者会見で、カナダ人の殺害を「血も涙もない、殺人行為」と強く非難し、「アブサヤフを追い詰める」、「カナダ政府は、テロリストに対して、直接、間接を問わず、身代金の要求には応じない」と表明。キャメロン英首相も各国に協調を訴えた。テロリストに対する身代金の支払いについては、2013年6月に北アイルランドで開かれた主要8か国首脳会議(G8サミット)において、身代金支払いを拒否する共同声明が出され、更に2014年1月には、キャメロン首相が「テロ組織の身代金要求を断固、拒否する」決議案を国連の安全保障理事会に提出して、加盟国は当該決議を全会一致で採択した。
しかし、各国は、人命がかかる誘拐事件の解決に身代金が要求される一方、身代金支払いがテロリストの活動資金となるジレンマに直面している。
国連決議を守っているのは英国と米国だけで、他の欧州諸国は、問題解決手段として身代金支払いを「最後の選択肢」として捉え、裏で身代金を支払っているとの情報も流れているが、真相は分からない。
こうしたなかで、2015年6月24日、オバマ米大統領は、国外でテロ犯などに拘束された米国人の人質を解放するため、家族が身代金を支払うことを容認する新たな方針を発表した。テロ組織との交渉を厳格に禁じているこれまでの政府対応に被害者の家族から批判が集まり、方針転換した。新たな方針では、政府による身代金支払いは拒否など、テロ組織に譲歩しない原則は堅持するものの、家族が身代金を支払っても刑事訴追しないことが明示された。また、政府が犯行組織と人質の解放に向けて交渉を行うことも盛り込まれた。
報道によれば、米政府の方向転換を受けて、菅義偉官房長官は6月25日、「米国はテロ組織に対し、いかなる譲歩もしないとの政策を改めて確認している」として、日本への影響はないとコメント。国連の安全保障理事会が、テロリスト組織が活動資金調達のために行う身代金目的の誘拐に際して、加盟国に身代金支払いに応じないよう求める決議を採択していることにも触れ、米国の方針転換が各国に及ぼす影響については、「ない」と述べた。
アブサヤフは統一組織ではなく、アブサヤフの名の下に複数のグループが個々に活動しており、(アブサヤフの現勢力は、数百人規模と推測されるが)、フィリピン南部のスールー諸島(ホロ島やバシラン島等)及びサンボアンガ半島(ミンダナオ島)などを拠点としている。
日本外務省はアブサヤフが活動している地域の危険状況に応じて、「渡航中止勧告」や「不要不急の渡航は止めてください」の危険情報を発出して、注意を呼び掛けている。
(外務省情報)
http://www2.anzen.mofa.go.jp/info/pchazardspecificinfo.asp?id=013&infocode=2015T131#ad-image-0
尚、フィリピンでは,アブサヤフ以外にイスラム系反政府武装組織の「バンサモロ・イスラム自由運動/戦士団(BIFM/BIFF)」、「モロ民族解放戦線ミスアリ派(MNLF-MG)、「ジュマ・イスラミーヤ(JI)」、及び共産系反政府武装組織の「新人民軍(NPA)」等も、テロ、誘拐等を行っているので(上記の外務省情報を参照)、ご注意下さい。 (長谷川 善郎)
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