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東南アジア:高まるテロの脅威

2016年09月09日

東南アジアでテロが相次いでいる。主要国別に最近起きた事件の概要と今後の見通しをまとめた。世界的なテロの広がりの中で、比較的治安が安定していた東南アジアでも、イスラム国(IS)の影響を受けたテロが増えており、一層の警戒が必要である。

(1)タイ
①今年8月11日午後から12日午前にかけて、タイ中部と南部の少なくとも9カ所で、断続的に爆弾事件が発生し、4人が死亡、少なくとも34人が負傷した。日本人の被害はなかった。11日夜と12日朝、タイ王室の宮殿がある中部の観光地ファヒンでは合計4発の爆弾が爆発し、オランダ人女性1人を含む2人が犠牲になり、21人が負傷した。観光地のプーケットやスラタニでも12日朝、相次いで爆発が起きた。多くは、即席爆発装置(IED)を携帯電話で遠隔操作して爆発させたものだった。犯行声明は出ていない。タイでは8月7日、新憲法草案の国民投票が行われ承認されたが、草案は軍が実質的に権力を握り続けることを可能にする内容である。また、事件のあった8月12日は、タイ王妃の誕生日を祝う「母の日」の休日でもあった。政治的な目的を持つグループによる犯行と推測されるが、タイには国内に複雑な政治対立や社会対立があるので、犯人グループを特定することは容易でない。一般的には、タイ最南部で(分離独立を標榜する)イスラム武装組織、タクシン元首相派、軍事政権に反発する勢力、組織犯罪グループ、イスラム国(IS)等による犯行が想定される。現時点で事件解明に至っていない。警察は、事件当初、タイ最南部のイスラム武装組織やISの関与を否定したが、テロに使われた爆弾がイスラム武装勢力が使う爆弾と類似していたことから、イスラム武装勢力による犯行の可能性が高いとする現地報道もある。

②タイでは、昨年8月17日午後7時頃、バンコク中心部にある観光名所のエラワン廟で爆弾が爆発し、20人(中国人、フィリピン人、マレーシア人の合計8人を含む)が死亡、125人以上(日本人1人を含む)が負傷した。パイプ爆弾を爆発させた。犯行声明は出ていない。更に、翌日の18日午後1時頃には、市内チャオプラヤー川の(観光客の多い)サトーン船着場でも爆発が起きたが、こちらは死者、負傷者は出ていない。
同年7月9日、タイ政府は、中国の新疆ウイグル自治区からタイに逃れてきていたウイグル人109人を中国へ強制送還したが、この扱いにトルコでは不満が噴出し、イスタンブールのタイ領事館が襲撃される事態が起きた。このことから、タイ政府への報復テロとの見方もある。
エラワン廟の現場では、監視カメラにバックパックを置いて立ち去る人物が捉えられており、警察は17人が関与する組織的テロと見なして、ウイグル人2人(中国出身)を逮捕したが、2人は裁判で無罪を主張。残りの15人の行方は不明のままで、事件の解明は進んでいない。

③上記以外にも、タイにおける最近のテロとして、昨年2月、バンコックのショッピングモールの外で小型爆弾が爆発(2人負傷)、同年3月、ラチャダピセーク通り沿いにある刑事裁判所の外で手榴弾が爆発(けが人なし)、更に,翌4月には、観光地サムイ島(スラタニ県)にある商業施設の駐車場で車両が爆発(イタリア人を含む7人負傷)等が上げられる。

④タイ最南部(ナラティワート県,ヤラー県,パッタニー県及びソンクラー県の一部)においては,イスラム武装組織による襲撃,爆弾事件が多発している。今年8月23日夜、パッタニー県にあるホテル付近で爆弾2発が相次いで爆発し,1人が死亡,30人が負傷した。日本人の被害はなかった。今年6月には、ヤラー県とナラティワート県で線路が爆破される事件も起きている。2004年以降これまでに、タイ最南部では、爆弾テロなどにより6,000人以上が死亡している。

⑤タイ政府は、国内にはISやジェマ・イスラミヤ(JI)等のイスラム過激派組織の活動はないとしている。しかし、タイのメディア報道によれば、昨年12月、ロシアの情報機関が、タイ治安当局に対して、「ISと繋がりのあるシリア人10人が、昨年10月下旬にタイに入国し、タイ国内のロシア施設にテロ攻撃を仕掛ける恐れがある」と通報していたことが明らかになった。
また、昨年8月のエラワン廟等でのテロ事件(上記)では、事件の真相が不明なまま昨年10月、国家警察長官が事実上の捜査終結を宣言し、今年8月の連続テロ事件でも1カ月近く経過するが、事件の解明にはまだ時間がかかる見通しで、タイがテロに対して脆弱であることを表しているようだ。

(2)インドネシア
①2016年1月14日、午前10時40分頃、ジャカルタ中心部にあるコーヒーチェーン店「スターバックス」と近くにある警官詰め所がイスラム過激派の4人組に襲撃され、民間人4人(内、カナダ人1人)が死亡し、26人が負傷した。スターバックスの入っているビルには日本人会オフィスがあり、普段多くの日本人が出入りしているが、幸い日本人に被害はなかった。「イスラム国インドネシア(実態は不明)」が犯行声明を出し、東南アジアで初めてISの犯行が明言された。
襲撃にはフィリピン製の拳銃と自家製爆弾が使用された。実行犯の4人はスターバックス店内で自爆、または警官らに銃撃されて全員死亡した。事件の首謀者はシリアにいるインドネシア人過激派のバルン・ナイム元受刑者(ISメンバー)で、インドネシアの過激派に自国でのテロを指示しているとされる。
インドネシアでは2000年代前半にイスラム過激派組織のJIによる大規模テロが起きたが、対テロ特殊部隊(Densus 88)による過激派組織の掃討作戦が一定の成果を上げて、最近はテロが縮小傾向にあるとみられていた。しかし、インドネシアからシリアのISに参加する戦闘員は500人~1,000人に上り、うち200人以上は既に帰国している事情もあって、国内でテロが再び増えることが危ぶまれている。

②今年7月5日朝,インドネシアのジャワ島中部ソロの警察署敷地内にバイクに乗った男が突入し自爆、制止しようとした警察官1人が負傷した。警察は、男が今年1月のジャカルタ・テロ事件(上記)にも関与した疑いで行方を追っていたヌル・ロマン容疑者とみて身元を確認している。
8月28日には、北スマトラ州のメダン市内にあるカトリック教会の日曜ミサをナイフと爆発物を持った男が襲撃して、神父が負傷した。

③また、インドネシア警察は、7月19日、スラウェシ島中部で武装闘争を続けるイスラム過激派組織「東インドネシアのムジャヒディン(MIT)」のリーダー、サントソ容疑者(JI出身)を銃撃戦の末、射殺したことを明らかにした。MITはISに忠誠を誓うテロ組織として知られ、ウイグル人も加わっており、国際的なテロ・ネットワークにもつながっていると見られる。

④インドネシアでは、JIの精神的指導者アブバカル・バアシル師やイスラム過激派指導者のアマン・アブドゥラマン受刑者らが、(いずれも獄中からであるが)イスラム過激思想やIS支持を若者らに吹き込んでいる。国内にIS支持者は1,000人以上いると推測され、影響を受けてテロが継続する可能性が高い。

(3)マレーシア
①2016年6月28日、クアラルンプール市郊外のナイトクラブに手榴弾が投げ込まれ8人が負傷した。シリアにいるISのマレーシア人戦闘員、ムハンマド・ワンディ容疑者が犯行声明を出した。マレーシア国家警察はIS関係者がマレーシア国内で敢行した初のテロ事件として,実行犯とされる男2人を含む15人を逮捕したが、内2人は警察官で犯人隠匿等にも関わっていた。ナイトクラブでアルコール類を提供していたことがテロ襲撃につながったとの説もある。

②マレーシアでは、今年1月15日にクアラルンプール市内でテロ攻撃を計画していたとして男が逮捕されたほか,7月にはムハンマド・ワンディ容疑者による(とされる)警察への攻撃を予告する映像がインターネット上で流れた。また、今年8月には、マレーシア国家警察が、独立記念日(8月31日)を捉えたテロを計画していた3人をクアラルンプール市、セランゴール州、パハン州でそれぞれ逮捕し、拳銃と手榴弾を押収した。

③マレーシアはタイ最南部とは陸続きで国境を接しており、海を隔てたインドネシア、フィリピン等からテロリストが侵入するにも比較的容易で、東南アジアのイスラム過激派の活動中継地点になっている。外国人戦闘員をマレーシアからトルコ経由シリア(IS)に送り込むルートもある。昨年8月のタイ・バンコクのエラワン廟等でのテロでは、事件に関与した疑いでウイグル人4人がマレーシア国内で拘束された。また、今年7月、バングラデシュのダッカで起きたテロ事件(日本人7人を含む20人が犠牲)の実行犯でリーダー格のニブラス容疑者は、クアラルンプールにあるモナッシュ大学(マレーシア校)の留学生だった。日本関連では、ISが発行する英字機関誌「DABIQ」(2015年9月10日発表)に、「ボスニア、マレーシア、インドネシアにある日本の外交使節を襲撃のターゲットにせよ」と呼びかける記事が掲載された。マレーシアでは、これまで国家警察の取り締まり強化で、テロは比較的少なかったが、ISの影響が高まりテロが起き易くなっている。

(4)フィリピン
①9月2日午後10時30分頃、ミンダナオ島の最大都市ダバオ市のアテネオ・デ・ダバオ大学近くの夜間市場で爆発があり、少なくとも14人が死亡、約70人が負傷した。日本人の被害はなかった。イスラム過激派組織「アブサヤフ」が犯行を認めた。アブサヤフの報道担当者は「国のイスラム戦士の結束のためにやった。数日以内に別の場所も攻撃する」と述べた。
ドゥテルテ大統領(前ダバオ市長)のお膝元で、フィリピンで最も安全な街の一つとも言われるダバオが、政権に打撃を与える標的となった。ドゥテルテ大統領は、8月下旬、「アブサヤフを壊滅させる」と明言して、本格的な掃討作戦を始めたばかりだったので、今回のテロは同作戦への報復と思われる。ドゥテルテ大統領は、全土に「無法状態」を宣言した。
アブサヤフは、フィリピン南部のミンダナオ島やスールー海域を拠点に活動しており、以前はアルカイダから支援を受けていたが、2014年7月、ISへの忠誠を表明。メンバーは400人程度で爆弾テロのほか身代金誘拐を繰り返している。昨年9月、ダバオ市沖合のサマル島のリゾート施設から4人(カナダ人2人、フィンランド人、フィリピン人)がアブサヤフによって拉致され、身代金が要求された事件では、カナダ人2人が、今年4月と6月にそれぞれ殺害された。

②フィリピンでは,アブサヤフ以外にイスラム系反政府武装組織の「バンサモロ・イスラム自由運動/戦士団(BIFM/BIFF)」、「モロ民族解放戦線ミスアリ派(MNLF-MG)、「ジェマ・イスラミヤ(JI)」、及び共産系反政府武装組織の「新人民軍(NPA)」等も、身代金目的の誘拐や当局への襲撃を行っている。また、麻薬密売組織による治安当局への襲撃もある。

③ドゥテルテ大統領(今年6月30日、就任)は、施政方針演説で「麻薬組織の撲滅」を掲げて警官などによる非合法な殺人を黙認しており、わずか1カ月で1800件以上の容疑者を(裁判にかけることなく)逮捕の現場で射殺する事態が起きている。今回、テロ組織撲滅に向けた「無法状態」宣言により過激な対応を加速させる可能性がある。尚、大統領は超法規的殺害行為に懸念を示す国際社会を批判して、過激な言動を繰り返している。

(5)シンガポール
①インドネシアでの事件であるが、2016年8月5日、インドネシア警察がシンガポールの新都心マリーナ・ベイ地区へのテロ攻撃を計画していたとしてインドネシア人6人を逮捕した。リーダー格のギギ・ラフマト・デワ容疑者は、(今年1月にジャカルタで起きたテロ事件(上記)に関与したとされる)シリア在住のIS戦闘員バハルン・ナイム元受刑者から資金を受け取っていたとされる。また、ギギ容疑者は、今年7月、ソロの警察署での自爆テロ事件(上記)を起こしたヌル・ロマン容疑者とも連絡を取っていたとされる。

②シンガポールでは、今年1月、バングラデシュ人労働者27人がIS支持の集会を組織したとして逮捕され、本国に強制送還された。また、5月には、バングラデシュでのテロを計画していた疑いで、バングラデシュ人8人が逮捕された。

③シンガポールにおいては、これまでISやアルカイダ等の国際テロ組織による顕著な活動は確認されていない。テロが起きにくい国と言われてきたが、シンガポールのリー・シェンロン首相は、今年 8月8日、ナショナルデーを前にした年次声明において、最近の治安事情を踏まえて、「シンガポールがテロリストの標的になっている。我々は、正直にテロの脅威を認めなければならない」と国民にあらためて警戒をうながした。 
(長谷川 善郎)


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