グローバル:海外安全・危機管理 ― 2017年の回顧と展望
2017年12月25日
NPO法人海外安全・危機管理の会
代表 長谷川善郎
世界情勢が目まぐるしく変化する中、2017年の1年間に、日本企業・団体の海外安全・危機管理に大きな影響を及ぼした事件、事故、災害等には以下が上げられます。
(1)2017年1月1日、トルコのイスタンブールのナイトクラブで、「イスラム国(IS)」関与の銃乱射事件が発生し、多数の人が犠牲になりましたが、今年も世界各地でイスラム過激派によるテロが相次ぎました。3月22日に、英国・ロンドンの国会議事堂付近の歩道を車両が暴走するテロ事件が起きた際は、本欄の「最新ニュース」でも取り上げ、「ロンドン・テロ事件と安全対策」と題する記事を掲載し、改めてテロの注意喚起を行いました。
当時、ISはイラクで勢力を失いつつあり、シリアでは軍事攻勢で劣勢に立たされたことから、反撃のため支持者に欧米諸国でのジハード(聖戦)を呼び掛けており、適当な攻撃手段がない場合は、手近にあるナイフ、拳銃、車両等の使用を示唆していた。今回の事件で犯人は車両を暴走させた後、付近の警察官にナイフで襲いかかった。
欧州各国は、2015年以降にフランスやベルギーで相次いだ武装グループによる大規模テロの再発防止に対策を講じてきたが、警備や監視が手薄な市民を狙ったローンウルフ(一匹狼)型テロとなると取り締まりは決め手を欠き、車両やナイフ等を使ったテロの場合、阻止は容易ではない。こうした状況下、当会では、①海外に赴任・出張する社員に対して安全講習を行う。②海外出張者は、外務省海外安全ホームページに掲載の「たびレジ」に登録して、最新の安全情報を入手する。③テロの標的になり易い政府・治安施設,公共交通機関,観光スポット・施設,レストランやデパート、マーケット等の不特定多数が集まる場所を訪れる際は、周りの不審者、不審物に注意を払い,不審な状況を察知したら,速やかにその場を離れる等、注意を喚起。その後も当会では危機管理情報の配信や講演会、セミナー、情報交流会等の開催を通じて、最新情報の入手、テロ対策への継続的取り組みを広く呼び掛けている。
2017年6月、外務省は最近のテロ情勢の変化等を前提にして、「ゴルゴ13 X 外務省 中堅・中小企業向け海外安全対策マニュアル」の単行本を発刊した。「国民一人一人の安全対策意識と対応能力の向上」を強力に後押しすることに努めるとし、特に中堅・中小企業を念頭に、海外出張者・赴任者の安全確保のための具体的な安全対策が提示されている。本は読み易く簡潔な内容にまとめられているので、ご一読をお勧めしたい。
ちなみに安全対策の対象となる海外における日本人の被害について、外務省の海外邦人援護統計によれば、2016年に海外で犯罪被害に遭った邦人の件数は、4,202件(前年は4,719件)で、最も多いのが窃盗被害3,416件(前年3,834件)、次いで詐欺被害308件(前年382件)、強盗・強奪被害233件(前年257件)となっている。テロ被害は2件でベルギー・ブリュッセルとバングラデシュ・ダッカで1件ずつ発生(前年はテロ被害3件)。また、事故・災害に遭った邦人の件数は240件(前年233件)で、うち約5割は交通機関事故による110件(前年116件)、次いでレジャー・スポーツ事故44件(前年38件)となっている。
海外では、一般犯罪(窃盗、強盗、詐欺、脅迫、暴力等)や事故、テロが多発しているので、渡航者、滞在者は日本とは環境が違うことを再認識して、十分な注意が必要です。
(2)強盗事件では死傷者が出るケースが少なくない。海外邦人援護統計によれば、日本人の海外での強盗・強奪被害による死傷者は、2014年:死亡1人、負傷66人、2015年:死亡0、負傷45人、2016年:死亡2人、負傷48人と、毎年多数の被害が出ている。
2017年1月16日、ブラジルのサンパウロ南部で、日本人ビジネスマンが大手旅行代理店で両替後、車を運転中に停車したところ、近づいてきたバイクに乗った2人組の男から、窓を開けるよう要求されて、拳銃で撃たれて殺害される事件が起きました。中南米では、2016年11月にも、コロンビアのメデジンで、旅行中の日本人大学生が強盗に殺害される事件が起きており、痛ましい事件が相次ぎました。
ブラジルでは非常に高い頻度で犯罪が発生しており、麻薬に絡む組織犯罪も多い。犯罪の手口は凶悪で、拳銃が容易に犯行に使用される特徴があることから、現地に駐在、滞在されている方は、「在外公館から提供される安全対策情報に目を通すと共に、以下もご参考に、安全に十分ご注意下さい」と、事件後、当会ホームページを通じて注意を喚起しました。
1)道路を歩行中、或いは車で走行中、時折「もしかしたら、ここで強盗に襲われるかもしれない」と考える ⇒ そして、自らの注意力を確かめる。お金を引き出したり、両替した後の尾行に特段の警戒をする、財布には相応しい小額の現金を入れておく、財布を盗られた後のタクシー代として(例えば)靴下の中に現金を隠しておく、等も有効な対策になる。
2)万一、強盗に襲われたら、慌てず落ち着いて対処する ⇒ 強盗の欲しがるものは躊躇なく与える。行動は強盗によく分かるように、言葉を添えて、ゆっくりと行う。また、強盗の顔を見つめないようにする。
3)強盗に襲われた場合や銃を向けられた場合を想定して、咄嗟にどうするかの模擬訓練をしてみる。
(3)日本人が海外で遭う事故で一番多いのが交通事故である。毎年100人以上の死傷者が出ている。事故の3大原因は、スピード、居眠り、脇見・携帯電話であり、 当会では日常の交通安全対策として、交通安全3原則の遵守(法定速度内で走行、後部座席もシートベルトの着用、飲酒運転の禁止)の注意喚起を行っている。また、海外では、運転手が運転する車を利用する機会が多いが、運転を運転手任せにしているケースが少なくない。命を預ける運転手には、折に触れての指導や気配り(高スピード抑止、無理のないスケジュール、食事時間の配慮、良好な人間関係)や、また最低年1回は交通安全講習を受けさせる等を怠らないことだ。
(4)健康管理面では、ジカウイルス感染症(ジカ熱)の流行について、WHOが2016年11月、緊急事態の終了宣言をおこない患者数は減少しているが、現在も流行は続いておりWHOは妊娠中、又は妊娠予定の女性に対して、中南米、アフリカ、アジア等にある感染地域へはできるだけ渡航しないよう呼び掛けている。
また、中国における鳥インフルエンザA(H7N9)のヒト感染例は減少傾向にあるが、将来、新型インフルエンザ(パンデミック)に変異する可能性も排除できない。感染状況の推移に注意を払うこと、及び中国では生きた鳥を扱う市場や家禽飼育場等への立入りを避けることが肝要です。
大気汚染問題では、特にインドや中国等の都市で深刻化しており、シーズンによっては現地に駐在、滞在する人たちはマスクや空気清浄機の利用が欠かせない状況にある。
(5)2017年の世界情勢では、北朝鮮が弾道ミサイルの発射実験を繰り返し、6回目の核実験(9月3日)も行って、国際社会に大きな脅威を与えている。「米国、北朝鮮共に、戦争の勃発を望んでいないのに、図らずも核戦争に突入する恐れがある」と危険を指摘する識者の声もある。
難民については、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の報告書によれば、2016年末に世界の難民・国内避難民数は6560万人に上った。2017年も増え続けて、特に欧州、中東の国々では大きな政治、社会問題を惹き起こしており、治安状況にも悪影響を及ぼしている。2017年は新たにミャンマー国境に住むロヒンギャの避難民問題が加わって、一層深刻化の様相にある。
次に来年の治安情勢について、イスラム国(IS)がイラク、シリアにおいてほぼ壊滅したことにより影響力を減退し、他方、各国ではテロ取締りが強化されていることから、組織的な大規模テロ発生の可能性は減少すると予想される。但し、米国のシンクタンク「ソウファン・グループ」の2017年10月レポートは、「シリアとイラクでイスラム国に加わった外国人戦闘員は110ヶ国以上から4万人に上るが、19,000人の身元を確認し、これまでに少なくとも5,600人が出身国に帰還した」としている。そして、帰還者の中にはテロを起こす恐れの者もいるので「これから数年間、多くの国にとっての脅威になる」と警鐘を鳴らしている。
また、トランプ米大統領が12月6日、イスラエルのエルサレムを「首都」と認定したことからイスラム諸国を中心に反発デモが起きており、またイスラム過激派を刺激して米国やイスラエル等に対する治安上のリスクを高める可能性が懸念される。2018年もテロ対策は喫緊の課題であり、企業・団体は継続的、且つポイントを押さえた安全対策が一層求められる。
朝鮮半島を巡っては緊迫した情勢が続くであろうが、その後どのような展開になるかの予想は難しい。万一の事態に備えて、韓国に出張、滞在している社員、家族の安全確保策を構築し、状況に応じて見直しつつ、避難訓練等も行い、且つ情報収集・分析のため企業間の情報交流を盛んにすることも有効な対策となる。
その他の治安情勢では、①地政学的リスク(サウジアラビア・イランの二極対立、カタール断交問題、クルド独立問題、ロシアの中東におけるプレゼンス、欧州・中東等の難民・移民問題、南シナ海領有権問題、ロヒンギャ避難民問題、ウクライナ問題)、②トランプ米政権の外交政策(対イラン制裁の強化、NAFTA再交渉、中国、ロシアとの関係)、③欧州の新潮流の影響(英国のEU離脱交渉、欧州ポピュリズム動向、カタルーニャ州の独立問題)、④ISなき後のイラク、シリアの動向、⑤内戦の長期化(イエメン、南スーダン)、⑥政情悪化(ベネズエラ、リビア、アフガニスタン、ケニア、ナイジェリア)、⑦東南アジアでのテロの脅威(フィリピン、インドネシア、マレーシア、タイ)、⑧注目の大統領選挙の行方(ロシア、ブラジル、メキシコ)等が、世界の治安に大きな影響を与える可能性があるとの見方があり、注目します。
変貌する世界情勢の中での安全対策には、情報の重要性が特に指摘されます。外務省、在外公館による在留邦人向け緊急情報等の通報や、(短期の出張者・旅行者向けの)「たびレジ情報」は、安全対策に大いに有効であり、常日頃よりタイムリーな配信が期待されます。
当会では、小規模企業から大規模企業まで幅広く対象に、海外で発生する事件、事故、災害、緊急事態、感染症、経営上のトラブル等のリスクの防止・軽減、及び海外安全・危機管理の普及を図る事業に取り組んでおり、その一環として、2017年に公開講演会、セミナー、情報交流会等を随時開催しました。
また、人材育成を目的とする「OSCMA認定 海外安全スペシャリスト」の資格試験は、2017年12月に、スタートしました。
2018年も、情報収集・分析力を強化して、情報の提供・交流、研修機会、人材の育成、適切な助言、並びにきめ細かい対応に努めます。
引き続き、当会の活動へのご理解とご指導、ご支援のほどよろしくお願いいたします。
(備考) 2017年日本人・日本企業に関連した主な事件・事故等
1月1日 トルコ・イスタンブールのナイトクラブで「イスラム国」関与の銃乱射事件。39人死亡、約
70人負傷(日系企業ではテロ警戒を強化)
1月19日 ブラジル・サンパウロで両替後、車を運転中の駐在員がバイクに乗った2人組強盗に殺害さ
れる
3月22日 英国・ロンドンの国会議事堂付近の歩道を車両暴走、刃物による襲撃テロ事件。5人死亡、
50人以上負傷
4月3日 ロシア・サンクトペテルブルクの地下鉄で爆弾テロ事件。15人死亡、64人負傷
4月7日 スウェーデン・ストックホルムのデパートに車両突入のテロ事件。4人死亡、15人負傷
4月 北朝鮮の核・ミサイル開発に対して、米が原子力空母「カールビンソン」他を朝鮮半島近海
に派遣して牽制し、日本企業でも緊張高まる
5月22日 英国・マンチェスターのコンサート会場で自爆テロ事件。22人死亡、55人負傷
5月23日 フィリピン・ミンダナオ島のマラウィ市を「イスラム国」系武装勢力が占拠し、政府軍との
間で激戦。フィリピン国防相が10月23日、戦闘終結を宣言
5月31日 アフガニスタン・カブールの官庁街で爆弾テロ事件。90人死亡、約400人負傷(邦人2人負
傷)
6月3日 英国・ロンドンの中心部、ロンドン橋の歩道を車両暴走テロ事件。8人死亡、約50人負傷
6月7日 イラン・テヘランにある国会議事堂とホメイニ廟で同時襲撃テロ事件。17人死亡、50人以上
負傷(日系企業ではテロ警戒)。
7月4日 北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験に成功したと発表し、国際社会で警戒が広が
る
7月10日 イラク政府が、「イスラム国」がイラク最大の拠点としていたモスルを解放したと勝利宣言
8月8日 ケニアで大統領選挙が実施されたが、不正行為があって10月16日に再選挙となり、接戦で国
内混乱(多くの邦人が一時国外退避)
8月17日 スペイン・バルセロナ中心部の通りを車両突入のテロ事件。13人死亡、約100人負傷。「イ
スラム国」が犯行声明
8月25日 ミャンマー・ラカイン州でロヒンギャ過激派武装勢力がミャンマー治安部隊を襲撃。これを
契機に、多数のロヒンギャ避難民が発生
9月15日 英国・ロンドンの地下鉄車内で爆破テロ事件。少なくとも30人負傷
9月19日 メキシコ中部プエブラ州でM.7.1地震。死者290人以上
10月1日 米国・ラスベガスのコンサート会場に向けて男が銃乱射し、59人死亡、500人以上が負傷。
米国史上最悪の銃乱射事件となった
10月20日 シリア民主軍が、「イスラム国」が「首都」と位置付けていたシリア北部のラッカを解放
したと勝利宣言
10月31日 米国・ニューヨークのマンハッタンで男が運転する車両が暴走し、8人死亡、10人以上が負
傷。「イスラム国」が犯行声明
11月21日 ジンバブエで軍事クーデターが起きて、37年間政権にあったムガベ大統領が辞任
11月24日 エジプト・シナイ半島の北部ビルアブドのモスクをイスラム過激派武装集団が襲撃し、305
人死亡、128人負傷。同国で近年最大規模のテロ犠牲者が出た
11月29日 北朝鮮が米全域に到達可能な大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射に成功と発表
12月6日 トランプ米大統領が、エルサレムをイスラエルの首都と認定し、米大使館をテルアビブから
移転すると宣言。世界で反米抗議が広まる
以上
注:本ニュースは、海外に渡航・滞在される方が、ご自身の判断で安全を確保するための参考情報です。ニュースを許可なく転載することはご遠慮下さい。