グローバル:一歩踏み込んだ海外安全対策を !
2018年11月12日
NPO法人海外安全・危機管理の会
代表 長谷川善郎
今年7月の西日本豪雨は、記録的な大雨により西日本を中心に多くの地域で河川の氾濫や浸水被害、土砂災害が発生し、死者が200人を超える平成最悪の水害となった。なぜこのような多くの犠牲者が出たのか。報道によれば、避難情報が人々の行動に殆どつながっていなかったことが大きな要因の一つに上げられている。避難勧告が出ていたことは、避難を呼びかける再三の警報やTVニュースを見て知っていたが、過去の経験から「今まで避難するほどの災害はなかった」、「多分大丈夫だろう」と思い込んで、家に止まり逃げ遅れたケースが多かった。犠牲者の多くは高齢者であったが、行政が避難情報を出すだけでは高齢者を救うことができなかった。しかし、こうした事例は過去にもたびたび発生している。
1.地震、津波、火災などの災害に遭遇しても
「自分は死ぬかもしれない」と危険を察知して、直ぐに行動できる人は意外に少ない。
2003年2月18日、韓国・大邱(テグ)で発生した地下鉄列車放火事件では、192人が死亡し148人が負傷する大惨事となった。犠牲者の中には煙が充満する車内で口や鼻を押さえながら座席に座ったまま逃げずにいた多くの人々がいた。
人には自分にとって都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりしてしまう心理的特性があるとされる。
災害だけでなく、事件、事故でも同類のケースがあり、過去に経験したことのない事態を軽視する傾向は誰にでもある。
2.アルジェリアで2013年1月16日に起きたテロ事件では
アルカイダ系武装組織の32人がアルジェリア東部のリビア国境に近いイナメナスの天然ガス精製プラントを襲撃した。現場にはアルジェリア人670人と外国人130人がいたが、武装組織は(アルジェリア人は解放し)、外国人を人質に取って立て籠もり、仏軍によるマリ軍事介入(同年1月11日開始)の停止や政府に逮捕されたイスラム過激派メンバーの釈放などを要求した。アルジェリア軍の掃討作戦により武装組織メンバーの殆どが殺害されたが、外国人の人質39人(内、日本人10人)とアルジェリア人警備員1人が犠牲者となった。
アルジェリア南部の石油・ガス施設の周囲や輸送路は軍と憲兵隊が警戒に当たっていたが、過去にそれらの大規模施設へのテロ攻撃がなかったことから、事件当時、警備は緩んでいた。
隣国リビアは内戦状態にあったが、過激派がリビアからアルジェリアに侵入して大がかりなテロ攻撃を行うとの想定には至らず、また仏軍のマリ軍事介入について、(過激派はアルジェリアの対仏協力を非難するが)、現地ではアルジェリアに深く影響する事態とは見做さなかったこともテロを招いた要因である。
これまでイスラム過激派は、アルジェリア南部では路上を走行する車両を主なターゲットに、小規模の武装集団によるテロを繰り返していたことから、現地は(過去に経験のない)プラント施設への大規模攻撃の可能性を過小評価していた。
3.バングラデシュで2016年7月1日に起きたテロ事件では
イスラム過激派の「イスラム国(IS)」の武装集団の5人がダッカの高級レストランを襲撃し、30人以上を人質に取り立て籠もった。解放交渉が進まず、治安部隊は翌朝、制圧作戦に乗り出し、犯人5人を射殺して人質を解放したが、日本人7人を含む23人が犠牲となる痛ましい事態となった。事件では(イスラム教徒でない)異教徒が狙われた。
バングラデシュでは2015年の秋頃から過激派組織の活動が目立ち始め、手口も過激で、イタリア人援助活動家や日本人農業アドバイザーの射殺、イタリア人神父の襲撃、ヒンズー教の僧侶の殺害、大学教授の殺害等のテロ事件が相次いだ。このため、バングラデシュ政府はイスラム過激派の一斉取り締まりを行い、多数の野党関係者を含む1.1万人を拘束したが、地方ではテロが続いた。日本外務省は一連の外国人テロを踏まえて、2015年10月4日付けで、バングラデシュの危険情報をレベル2(不要不急の渡航は止めてください)に引き上げ、また同年11月20日付けスポット情報では「外国人襲撃事件の発生に伴う注意喚起」を発出した。更に、2016年5月30日付け広域情報では、イスラム過激派組織がラマダン期間中のテロを呼びかける声明を出しているとして警戒を呼びかけた。
2015年の秋に、イタリア人や日本人へのテロがあったことから、現地の外国人社会が警戒を強めたためか、その後はシーア派やヒンズー教徒などの少数派を狙ったテロが多発するようになった。このため、現地の外国人の間では、「外国人は狙われないのではないか」との見方が広がり、過度のテロ警戒を緩和する動きが目立つほどになった。
テロ事件は、ラマダン期間中の7月1日に発生し、欧米人が多く利用するレストランが襲撃されて、非イスラム教徒の外国人がターゲットになった。
2016年は年初からトルコ、インドネシア、ベルギー、マレーシアなどで大規模テロが発生し、世界で過激派テロへの警戒感が高まっていた時期でもあった。
4.企業の海外安全対策において
安全担当者は、外務省、危機管理会社等から危険情報を入手すると、国内・海外の関係者に連絡すると共に、社内に注意喚起や渡航規制等を発出する。また、リスク状況と必要に応じて自社施設のセキュリティ・チェックを行い、補強のアドバイス等を行うのが通例である。そしてその後は、現地関係者に対策を任せるケースが多い。「現地のことは現地が一番分かっている」、「現地の安全責任は、現地責任者にある」等という理由による。
しかし、上記に述べた通り、「人には過去に経験したことのないものについて過小評価する傾向がある」ということにも着目した方がよい。企業の安全担当者は、現地の安全対策について、現地任せにすることなく状況をウオッチし、必要に応じて更なる安全策を提案したりして、現地関係者・責任者とコンタクトを保ち、互いの顔が見えるコミュニケーションが求められる。
他方、経験したことがないものであっても、現地に率先して注意を呼びかける人がいて、その人が危険な兆候の際に、「油断するな」とか、危機に際し、「早く逃げろ」と声高に叫び、それを聞いた周りの人たちが呼びかけに応じて行動し、危険を避けることができたケースも過去に数多くあることを指摘したい。
事件、事故、災害対策には、注意喚起、渡航規制、現地セキュリティ・チェック、安全対策マニュアル等と共に、人の特性を踏まえた取り組みも重要であるので、安全担当者には(過去の様々な教訓を学び、生かして)、一歩踏み込んだ海外安全対策を取られることを要望したい。
以上
注:本ニュースは、海外に渡航・滞在される方が、ご自身の判断で安全を確保するための参考情報です。ニュースを許可なく転載することはご遠慮下さい。