グローバル:イスラム国対策と世界的なテロ警戒
2014年09月17日
米国のオバマ大統領が、2014年9月10日、国民に向けてのテレビ演説で、イラクとシリアで勢力を広げるイスラム過激派武装組織「イスラム国(Islamic State :IS)」に対処するための包括的で持続的な戦略を発表した。その中で、同大統領はISを弱体化させ壊滅させるため、ISへの空爆をイラクに限定せずシリアにも拡大する、ISと戦うイラク治安部隊やシリア反政府部隊への支援の強化、同盟国や中東諸国などと協力して幅広いIS包囲網を構築するなどにより、ISと全面対決する姿勢を打ち出した。また、同大統領は、(これまでに発表したイラクへの米軍要員600名の派兵に加え)475名を追加派兵するが、地上戦闘部隊は含まれていないことを改めて表明した。今回のISへの新たな対抗策の背景には、9月にISが米国人記者2名の殺害映像を公表したことへの怒りやイスラム過激派に加わった欧米人が帰国してテロを起こす懸念、イスラム過激派のこれ以上の勢力拡大を阻止、ISがシリアに残された化学兵器をテロに使用する危険性などの要因があるとされる。
9月11日、サウジアラビアのジェッダでアラブ主要10カ国と米国、トルコの外相による、IS対策の会合、9月15日には、パリでイラク支援を巡る欧米や中東等約30カ国による国際会議などを経て、軍事支援を含む必要なすべての措置を取ることが確認された。その中には、サウジアラビアが穏健反政府部隊の訓練と武器援助を行う、またカタールと協力して自由シリア軍やその他の穏健反政府部隊の統合・調整にあたる、湾岸諸国はISへの資金と外国人義勇兵の流出を遮断すると共に、イラク、シリア難民支援の資金協力を行う、ヨルダンは穏健反政府部隊の訓練を引き受ける、トルコは国内よりシリア、イラクへの外国人義勇兵の流出及び外国人義勇兵がトルコを経由して海外へ出ることの阻止に協力するなども含まれる。9月19日には、ニューヨークでイラク支援に関する国連安保理の外相級会合が開催され、(イラクで新たに成立したアバディ連立政権をサポートする)米国主導の対IS国際包囲網の構築が協議される予定である。尚、シリアのアサド政権を擁護するロシアとイランは、米軍による空爆は主権侵害で国際法違反と異議を唱えている。
ISは、2000年頃にヨルダン人のザルカウィがヨルダンなどで設立した「タウヒードとジハード集団」が前身で、その後イラクに移って、イラク国内で自爆テロや外国人誘拐などを繰り返し、2004年にアルカイダに合流した。2006年6月にザルカウィが殺害された後、活動は下火になり組織は集合離散を繰り返すが、アラブの春の影響で再びテロを活発化。シリアが内乱状態になると混乱に乗じてシリアでも活動を展開して、イラク、シリアの両国で武装闘争を拡大した。しかし、その残虐かつ無差別な攻撃方法をアルカイダ本部から非難されると、2013年にアルカイダと袂を分かつことになる。2014年に入って、シリアの反アサド政府組織から武器の提供や戦闘員の補強を受けると、急速に軍事力を強めてイラクの各都市を攻撃し始めた。2014年6月10日にはイラク北部の同国第2の都市モスルを制圧し、その後シリア・イラクの制圧地域にバグダーディーをカリフ(イスラム教徒の指導者)とするイスラム国家のカリフ統治領を樹立すると宣言して、組織名もイスラム国(IS)に改めると発表した。ISは外国からの寄付や制圧地域で奪った銀行の資金、イラク政府軍の武器、石油の密売などにより、また巧みな勧誘により戦闘員を増員して勢力を拡大している。
当初、ISは数千人程度の戦闘員とみられていたが急増しており、米国の中央情報局(CIA)情報をベースにしたCNN報道によれば、戦闘員の数は2万人から3万1500人に上る。その内、外国人の兵士は1万1000人以上を占める。但し、パキスタン、インド、バングラデシュの3カ国はこの種の公式数字を出していないので含まれていない。外国人兵士の内訳は、チュニジアが約3000人、サウジアラビアが約2500人 、モロッコが約1500人、ロシアが800人以上、フランスが700人以上、英国が約500人、トルコが約400人、ドイツが約300人、米国が100人以上などとなっている。欧米からISに来たイスラム義勇兵には、母国で2級市民扱いを受けている、イスラム教の信仰が自由にできないなどの不満があるとの見方がある。また、ISがインターネットを使って(多言語でうまく)ISの宣伝情報を流して、過激なイスラム思想に傾く若者の心を掴んで、戦闘員勧誘に繋げていることも増員の理由に上げられる。
今後有志国連合による対IS攻撃が本格化すると、同連合の参加国を含めてグローバルに報復テロの発生が懸念される。9月10日、ジョンソン米国土安全保障長官はニューヨークでの講演で、シリアに渡りISなどのイスラム過激派に取り込まれた欧米市民らが米国に入国し、テロを行う恐れを警告し、テロを未然に防ぐためにシリアに出入りする外国人兵士の監視を強化していることを明らかにした。さらに、長官は、ISが(米国でテロを計画している確かな情報は今のところないものの)、米国を敵と見なし、指導者たちは米国と間もなく直接対決に入ると述べていると発言して、対米テロの可能性を指摘した。
英国のメイ内相は8月29日、シリアやイラクでの情勢を踏まえて、テロの警戒レベルを2番目に高い「深刻」に引き上げたと発表した。また、オーストラリアも9月12日、国内のテロ警戒レベルを2番目に高い「高」に引き上げた。警戒レベルが「高」に引き上げられるのは、同国が2003年に警戒システムを導入して以来初めてとなる。アボット豪首相は、少なくとも60人のオーストラリア人が中東でISの戦闘員として戦っており、さらにオーストラリア国内には100人もの協力者が活動しているので、監視体制を強化していることを明らかにした。
今年5月、ベルギー・ブラッセルのユダヤ博物館で3人が殺害された銃撃事件で、アルジェリア系フランス人が逮捕されたが、シリアでISのメンバーとして活動していたと見られるとの報道がある。またインドネシア国家警察が9月14日、中部スラウェシ島で活動するイスラム過激派グループに接触しようとしたとして、トルコ国籍の4人を拘束したが、ISと関係している疑いがあるとのこと。インドネシアの過激派の一部はISとの連帯を強めており、これまでに100人以上がイスラム義勇兵としてシリアやイラクに渡航したと現地メディアが伝えている。
テロはいつ、どこで起きるか予測が難しいが、用心を怠らないことにより、被害を防ぐあるいは縮小化する可能性が高まる。テロ対策として、最新のIS関連の情報入手に努めると共に、テロの標的となりやすい場所(政府・治安関係施設、公共交通機関、観光施設、マーケットや集会・イベント会場など不特定多数が集まる場所、また欧米人が多く集まる場所など)では、周囲の状況に注意を払い、不審な状況を察したら速やかにその場を離れる。万一、爆弾テロ、誘拐などに遭遇した際の対応を含む詳しい安全対策については、外務省発行のパンフレット・資料(以下のサイト)も参考にされたい。テロとの戦いは長期にわたるので、組織の安全担当者は折に触れて組織員に注意を喚起することも大切である。
http://www.anzen.mofa.go.jp/pamph/pamph.html
(長谷川 善郎)
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